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高松高等裁判所 昭和45年(う)120号 判決 1971年11月09日

主文

原判決を破棄する。

被告人は無罪。

理由

本件控訴の趣意は、記載に綴つてある弁護人島内保夫作成名義の控訴趣意書に記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

所論は要するに、原判決は被告人の使用人山口功が労働基準法四二条により高圧電線に対する危害防止に必要な措置をしなかつたとして、同法一二一条一項本文を適用して事業主たる被告人の罪責を肯認したが、本件において、被告人は元請負人こだま建設株式会社社長多田進に対し四国電力株式会社徳島営業所に連絡して必ず絶縁被覆の措置をするよう要求し、同人が現場でこれを確認する旨の約束まで得たのであるから、同項但書にいう違反の防止に必要な措置をしたものとして免責さるべきであり、原判決はこの点で右但書に関する法令の適用を誤つたもので、これが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから破棄を免れない、というのである。

よつて、まず記録並びに当審における事実取調べの結果によつて本件の事実関係を明らかにすることとする。

<証拠・略>を総合すること、次のような事実を認めることができる。

(一)  本件現場は原判示徳島市寺島本町三丁目二一番地喫茶店「アリの道」二階建店舗新築工事現場であつて、その敷地は北側間口約4.8メートル、奥行約一四メートルの矩形をなし、その北側出入口は幅約4.4メートルの私道に面しているが、左右両側及び南奥はいずれも民家に接着して狭隘なうえ、右出入口付近(私道南沿い)の上空には、地上約8.2メートルの高さに六、六〇〇ボルト高圧電線二本(裸電線にして、同じ高さで平行している。)、その下に地上約7.1メートルの高さに支線一本、更にその下方で地上4.6メートルの高さに電話線(ケーブル)一本が東西の電柱を通して架設されていること。

(二)  こだま建設株式会社(徳島市佐古六番町一二番一三号所在、代表取締役社長多田進)は、昭和四三年七月五日頃、岡本国子から同月一五日建前、同月一八日スラプコンクリート打ち込み、同年八月一三日完成の約束で前記「アリの道」店舗新築工事を請負い、七月八日頃その骨組みをなす鉄骨の加工、組立工事を原判示田中工作所に下請注文をし(その後に行なうスラプコンクリート工事、内装工事は他の業者に注文した。)、同月一四日頃にはその基礎工事を終つて田中工作所の鉄骨組立を待つばかりとなつていたこと。

(三)  被告人は、昭和三〇年頃から徳島市国府町観音寺五六九番地の二の自宅において、従業員数名を置き、田中工作所の名称で鉄工業(鉄骨の加工、組立等)を営んでいる者であるが、右こだま建設株式会社とはそれまで何回か同種の注文を受けていた関係もあり、他の注文仕事は後廻わしにして、同月一五日までの約束で右鉄骨の加工、組立工事を請負つて、同月一四日にその加工作業を終り、同日被告人方の職長山口功と大西量幸、高田幸男ら従業員数名をして本件工事現場まで鉄骨の一部を自動車で搬入させたのであるが、現場に初めて行つた右従業員らは被告人方に帰ると、口々に「おやじさん、話が違う。現場には仕事の邪魔になるものはないという話だつたが、両脇には二階建の家があり、また、高圧線が通つていて危険だ。」等と被告人に言い立てたので、これを聞いた被告人は、契約時にこだま建設株式会社から聞いた話と全く違うので、早速同会社に対し電話で「全然話が違うでないか。両脇には家が建つておるし、上には高圧線が通つている。早く電気の方だけでも手配してくれ。」と申し向けて四国電力株式会社徳島営業所に被覆工事の依頼をするよう要請し、右電話の申し入れに対して、直ぐ手配をする旨回答を得たこと(但し、右電話の応答者は前記多田社長の妻と認められる。)。

(四)  翌一五日は朝から雨が降り、現場での鉄骨組立作業が危ぶまれたが、被告人は午前七時三〇分頃前記山口功らに「行くだけ行つて大降りならやめて帰れ。」と申し付け、右職長山口のほか大西量幸、田中浩一ら数名の従業員が残りの鉄骨全部を自動車に積載して本件工事現場に行つたところ、相変らず雨は降り、しかも前日要請した高圧電線の被覆は全く行なわれておらず、また、徳島重量運送株式会社に依頼していたクレーン車も到着していないので、山口らはそのまま現場で待機していたのであるが、自宅に残つていた被告人は、午前八時過頃現場のことが気になつて最寄りの民家に電話して山口を呼び出し、現場の状況を尋ねたところ、当然できていると思つた電線被覆がまだなされていないことがわかつたので当日搬入した鉄骨の荷降ろしをするだけでもクレーン車が必要なので、山口にその手配方を命ずる一方、自ら直ぐこだま建設株式会社の多田社長に電話して「まだ電線の被覆ができていないが、それでは仕事はできない。」と語気強くいうと、同社長は「被覆は電力に言つて必ずきちんとする。自分も現場に行つてよくみるから。」と答え、鉄骨組立作業にかかる前に必ず電線の被覆をしてもらうことを約束したので、被告人はそれを信用して電話を切つたものであること。

(五)  他方、こだま建設株式会社では、前日午後被告人から電話で電線被覆の件を聴きながら、同日が日曜日であつたところから、そのままとなり、翌一五日午前八時過頃前記多田社長が、前記のように被告人からの再度の要請を受けて、四国電力株式会社徳島営業所に対し、電話で、高圧電線の被覆工事を依頼したところ、雨が小やみになつたら行くという返事があつたので、そのまま現場に赴いたのであるが、その後午前一〇時頃クレーン車が到着して支障のない鉄骨の荷降ろし作業を完了したところ、その頃雨も少し小止みになつたのを幸いに、右多田社長は前記山口やクレーン車の運転手下山修らに対し「請負工事が期限に遅れると損をしなければならない、急ぐからどうしても工事を直ぐ始めてくれ、自分がついていて見てやるからやつてくれ。」等と執拗に懇願し、これに対し、右山口ら被告人方の従業員は、小雨ながら雨は降り、絶縁被覆もできていないし、更に隣家との境界の問題までもち上つて嫌気がさし、「工事はできない。」と言つて仕事を拒んでいたのであるが、右下山運転手が「いける。」と気安く返事をし、それにつけ込んでなお多田社長が組立作業の開始を求めるので、山口は、下請の立場もあつて遂に右多田社長の要求を容れ、試験的にクレーン車による鉄骨の吊り上げ、組立の作業を始めることとし、右下山がクレーン車のブーム(高さ約一六メートル)を前記支線と電話線の中間に差し込み、高圧線に触れないようにして運転操作したところ支障がなかつたので、その後引続いて組立作業をし、ほぼ八分通り進んだ頃(午後零時四〇分頃で多田社長は他の用事で現場を離れていた。)、突然操作の誤りでクレーン車のブームが高圧高線の南側の一本に接触し、折から吊り上げ中の鉄骨の下部を支えていた田中浩一、大西量幸、太田義弘三名に感電し、右田中は間もなく徳島市内橋病院で死亡し、大西、太田両名は感電による火傷を蒙つたこと。

以上の各事実を認めることができ、右認定を覆えずに足りる証拠はない。

ところで、なお、<証拠・略>によると、山口功は昭和三五年頃から被告人の経営する前記田中工作所で働き、職長という呼称で被告人に次ぐ責任者として他の従業員を指図し、特に被告人が工事現場に行かない場合は現場作業員の指揮監督に当つていたものであつて、本件工事現場においても同様前記大西ら数名の従業員と前記クレーン車の運転者を指揮して鉄骨の荷降ろし、組立の作業を担当していたことが認められるから、右山口は被告人の事業における労働者に関する事項につき事業主(被告人)のため行為をする者に該当し、労働基準法に定める使用者というを妨げないものというべきである。そして、右山口は、原判示のとおり、本件工事現場において六、六〇〇ボルト高圧電線に同法四五条に基づく労働安全衛生規則一二七条の八(昭和四四年一月労働省令一号による改正前のもの)による絶縁用防護具の装着をしないまま、右架空電線に近接する場所において、鉄骨の吊り上げ、組立作業をしたのであるから、電気による危害防止のため必要な措置を講じなかつたもので、これが同法四二条に違反することは明らかである。(但し、本件において、山口功は右防止措置を怠つた注意義務違反により業務上過失致死傷の罪責を問われたため、同法四二条違反―同法一一九条一号―の点では処罰されていない。)してみると、事業主たる被告人は同法一二一条一項本文の両罰規定の適用を受けるべき関係にあるわけであるが、所論は同項但書の免責を主張するので、以下この点について検討を進めることとする。

ところで、右但書にいうところの、事業主が違反の防止に必要な措置をするとは、当該違反防止のため客観的に必要と認められる措置をすることであり、従つて、それは、事業主が、単に一般的、抽象的に違反防止の注意、警告をしただけで足りるものではなく、違反行為の発生を有効に防止するに足りる相当にして具体的な措置を実施することを要すると解すべきである。そして、右にいう相当にして具体的な措置とは、当該事業所の機構、職制をはじめ、事業の種類、性質、更には事業運営の実状等当時の具体的状況によつて決すべきものと解するのが相当である。

本件についてこれを考えるに、まず、前示労働安全衛生規則による高圧電線の防護具装着は、建前上電気工事に従事する資格のある電気工事士でなければ行なうことができず、従つて、本件工事に関してはいずれにしても、四国電力株式会社徳島営業所に右防護具の装着を依頼してその完了を待たなければならないのであるが、被告人は、直接四国電力株式会社にその依頼をしたわけではないけれども、前記こだま建設株式会社に右依頼方を要請し、これを受けて同会社が四国電力株式会社徳島営業所にその申込みをしたことは前認定に徴して明らかである。そして、この点についてなお審究すると、前掲証人多田進の原審公判廷における供述、山口功の原審並びに当審公判廷における各供述と被告人の当審公判廷における供述によると、被告人の経営する田中工作所は、過去再三にわたつて本件と同様の鉄骨の加工、組立工事をこだま建設株式会社から下請して行なつてきたが、その際高圧電線の絶縁被覆を要するときは、必ず元請人である右こだま建設株式会社にその旨を伝え、同会社の依頼した四国電力株式会社派遣員により防護具の装着をしてもらつていたこと、このように、元請人がその依頼をしていたのは、被告人の下請する鉄骨の組立工事だけでなく、その後引続いて行なう建築工事(多くは他の業者の下請工事)についても同様に高圧電線が支障になつて危険だからであり、いわばこだま建設株式会社は当該建築工事全体の必要から元請人の責任においてそれをしていたものであることを認めることができる。(因に、証人多田進は、この点について、田中工作所以外の下請の者も電線に触れるから、私の方が一括して措置を講じてもらわなければいけない関係にありました、と供述している。記録一七六丁裏)

被告人の経営する田中工作所は前認定のとおり職長の山口功とほか数名の従業員からなる小企業であり、更に前掲被告人の司法警察員に対する供述調書と証人多田進の原審公判廷における供述、証人山口功及び被告人の当審公判廷における各供述によると、被告人は平素建築作業現場に行くこともあるが、行かないときもあり、本件において前記のように降雨や高圧電線の問題があるのに直接現場に行かなかつたのは、その一週間位前から被告人の実父が自宅で危篤状態にあつて家を空けられない状況にあつたためで、職長の山口はもちろん、多田社長もそれを熟知していたと認められるのである。

このように、田中工作所とこだま建設株式会社の間の下請元請の関係は、従前から何回か継続したものであり、しかも、この間高圧電線等の危険物の防護措置に関しては前述のような事情から常に元請人たるこだま建設株式会社において電力会社に依頼して行なうという方法が累行され、かつその方法自体合理前な理由が存し、過去において特に問題視される点もなかつた以上、被告人がこの方法に従つて、事故前日の一四日に同会社に電話で電線被覆の依頼方を要請し、更に翌一五日朝再び同会社社長にその実行方を強く要請し、かつそれを確約させたその措置を不適当ないし不十分なものと言い去ることはできない。しかも、多田社長は、被告人が前記家庭の事情で現場に行けないことを承知したうえ、現場には自分も行つてみてやると返事したというのであるから、被告人において、山口らの鉄骨組立の作業が電線被覆の完了後に開始されるものと信じ、それ以上の措置に出でなかつたのも無理からぬものといわなければならない。

原判決は、被告人が、現場責任者の山口功に対して、絶縁被覆ができない限り絶対に作業をしてはならない旨明白かつ厳重に告知していれば、山口において感電防止の措置が果されていたであろうと推認して弁護人の免責の主張を排斥しているのであるが、一般に、このような高圧電線の近くで作業をすることが極めて危険であり、これに防護具の装着が必要であることは吾人の社会常識に照らして明白なところであり、工事担当者の右山口その他の従業員がそれを知らない筈はなく、それにもかかわらず、電線被覆がなされないままクレーン車による鉄骨組立の作業が開始されることになつたのは、情誼に押された山口の気弱さもさることながら、雨が小降りになつたのを幸いに、被告人との約束を違えて、執拗に鉄骨組立作業の開始を要求した多田社長の強引かつ無責任な言動とこれを気安く引受けたクレーン車の下山運転手の軽率な態度に原因があると認められるのであつて、前記のような告知がありさえすれば感電防止の措置が果されたと一概に断定しがたいものがあり、この点の原判決判の判断には左袒することができない。

問題は、被告人が、当時の具体的状況において、事業主として客観的に相当にしてかつ必要な具体的措置をとつたか否かであり、その意味では右のような告知が必要で効果的な場合があることは否めないけれども、本件においては、前述のとおり被告人から特にそのような忠告をしなくても、職長山口ら従業員においてそのことは十分承知していたと認められる(なお、証人山口功および被告人の原審並びに当審公判廷における各供述には、被告人が山口に対し、「被覆ができなければ絶対工事にかかるな。」と言つた旨の供述があるが、その他の関係証拠に照らすと、必ずしも、右のような明確な言葉があつたとは認められない。)のであるから、右のような告知が必ずしも被告人のとるべき必要な措置であつたとは認めがたく、前認定のような田中工作所ととこだま建設株式会社との間の関係、違反防止措置に関する実施の実情とその合理性、更に被告人の立場と当時の事業所の規模、内情等すべての状況を勘案して考えると、前示のように、被告人が、こだま建設株式会社に対し、一四、一五両日にわたつて、強く四国電力株式会社に対する電線被覆工事の依頼方を要請し、かつ、その旨を確約させている以上、違反の防止に必要な措置をとつたものと認めるのが相当である。

従つて、前記免責の主張に関しこれと相反する判断を示した原判決は法令の解釈適用を誤つたものとして失当であるとともに、これが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、所論は理由があり、原判決は破棄を免れない。

よつて、刑訴法三九七条一項、三八〇条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書により当裁判所において直ちに判決する。

本件公訴事実は「被告人は徳島市国府町観音寺五六九番地の二において事業主として鉄工業を営む者であるところ、被告人方の職長山口功は、昭和四三年七月一五日同市寺島本町三丁目二一番地喫茶店「アリの道」店舗新築工事現場において、被告人がこだま建設株式会社から請負つたその事業に関し、配下労働者を指揮監督して鉄骨組立作業を行なわせるに際して、鉄骨を移動させるクレーン車のブームが右現場の地上約8.2メートルに架設された六、六〇〇ボルトの高圧架空電線(裸線)に接触することにより作業中の労働者に感電の危害を生ずるおそれがあつたのに、右電線を管理している四国電力株式会社徳島営業所に要請して右電線に絶縁効力を有する被覆を装着するなど感電の危害防止の措置を講じなかつたものである。」というのであり、右公訴事実は原判決挙示の証拠によつて肯認できるのであるが、他方、被告人は事業主として、前説示のとおり、右違反の防止に必要な措置をした事実を認めることができるので、労働基準法一二一条一項但書により罪とならず、刑訴法三三六条前段に則つて無罪の言渡をすることとする。(村上明雄 深田源次 岡崎永年)

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